芥川龍之介 猿蟹合戦を読む

 かにの握り飯を奪った猿はとうとう蟹に仇を取られた。蟹は臼、蜂、卵と共に、怨敵の猿を殺したのである。――その話はいまさらしないでも好い。ただ猿を仕止めた後のち、蟹を始め同志のものはどう云う運命に逢着したか、それを話すことは必要である。なぜと云えばお伽噺は全然このことは話していない。

 いや、話していないどころか、あたかも蟹は穴の中に、臼は台所の土間の隅に、蜂は軒先の蜂の巣に、卵は籾殻の箱の中に、太平無事な生涯でも送ったかのように装っている。

 しかしそれは偽である。彼等は仇を取った後、警官の捕縛するところとなり、ことごとく監獄に投ぜられた。しかも裁判を重ねた結果、主犯蟹は死刑になり、臼、蜂、卵等の共犯は無期徒刑の宣告を受けたのである。お伽噺ばなしのみしか知らない読者はこう云う彼等の運命に、怪訝の念を持つかも知れない。が、これは事実である。寸毫も疑いのない事実である。

 蟹は蟹自身の言によれば、握り飯と柿と交換した。が、猿は熟柿を与えず、青柿ばかり与えたのみか、蟹に傷害を加えるように、さんざんその柿を投げつけたと云う。しかし蟹は猿との間あいだに、一通の証書も取り換していない。よしまたそれは不問に附しても、握り飯と柿と交換したと云い、熟柿とは特に断わっていない。最後に青柿を投げつけられたと云うのも、猿に悪意があったかどうか、その辺へんの証拠は不十分である。だから蟹の弁護に立った、雄弁の名の高い某弁護士も、裁判官の同情を乞うよりほかに、策の出づるところを知らなかったらしい。その弁護士は気の毒そうに、蟹の泡を拭ってやりながら、「あきらめ給え」と云ったそうである。もっともこの「あきらめ給え」は、死刑の宣告を下されたことをあきらめ給えと云ったのだか、弁護士に大金をとられたことをあきらめ給えと云ったのだか、それは誰にも決定出来ない。

 その上新聞雑誌の輿論も、蟹に同情を寄せたものはほとんど一つもなかったようである。蟹の猿を殺したのは私憤の結果にほかならない。しかもその私憤たるや、己の無知と軽卒とから猿に利益を占められたのを忌々しがっただけではないか? 優勝劣敗の世の中にこう云う私憤を洩らすとすれば、愚者にあらずんば狂者である。――と云う非難が多かったらしい。現に商業会議所会頭某男爵のごときは大体上のような意見と共に、蟹の猿を殺したのも多少は流行の危険思想にかぶれたのであろうと論断した。そのせいか蟹の仇打ち以来、某男爵は壮士のほかにも、ブルドッグを十頭飼かったそうである。

 かつまた蟹の仇打ちはいわゆる識者の間あいだにも、一向好評を博さなかった。大学教授某博士は倫理学上の見地から、蟹の猿を殺したのは復讐の意志に出でたものである、復讐は善と称し難いと云った。それから社会主義の某首領は蟹は柿とか握り飯とか云う私有財産を難有がっていたから、臼や蜂や卵なども反動的思想を持っていたのであろう、事によると尻押しをしたのは国粋会かも知れないと云った。それから某宗の管長某師は蟹は仏慈悲を知らなかったらしい、たとい青柿を投げつけられたとしても、仏慈悲を知っていさえすれば、猿の所業を憎む代りに、反ってそれを憐んだであろう。ああ、思えば一度でも好いから、わたしの説教を聴かせたかったと云った。それから――また各方面にいろいろ批評する名士はあったが、いずれも蟹の仇打ちには不賛成の声ばかりだった。そう云う中にたった一人、蟹のために気を吐いたのは酒豪兼詩人の某代議士である。代議士は蟹の仇打ちは武士道の精神と一致すると云った。しかしこんな時代遅れの議論は誰の耳にも止とまるはずはない。のみならず新聞のゴシップによると、その代議士は数年以前、動物園を見物中、猿に尿をかけられたことを遺恨に思っていたそうである。

 お伽噺しか知らない読者は、悲しい蟹の運命に同情の涙を落すかも知れない。しかし蟹の死は当然である。それを気の毒に思いなどするのは、婦女童幼のセンティメンタリズムに過ぎない。天下は蟹の死を是なりとした。現に死刑の行われた夜、判事、検事、弁護士、看守、死刑執行人、教誨師等は四十八時間熟睡したそうである。その上皆夢の中に、天国の門を見たそうである。天国は彼等の話によると、封建時代の城に似たデパアトメント・ストアらしい。

 ついでに蟹の死んだ後のち、蟹の家庭はどうしたか、それも少し書いて置きたい。蟹の妻は売笑婦になった。なった動機は貧困のためか、彼女自身の性情のためか、どちらか未だに判然しない。蟹の長男は父の没後、新聞雑誌の用語を使うと、「飜然と心を改めた。」今は何でもある株屋の番頭か何かしていると云う。この蟹はある時自分の穴へ、同類の肉を食うために、怪我けがをした仲間を引きずりこんだ。クロポトキンが相互扶助論の中に、蟹も同類を劬わると云う実例を引いたのはこの蟹である。次男の蟹は小説家になった。勿論もちろん小説家のことだから、女に惚ほれるほかは何もしない。ただ父蟹の一生を例に、善は悪の異名であるなどと、好い加減かげんな皮肉を並べている。三男の蟹は愚物だったから、蟹よりほかのものになれなかった。それが横這いに歩いていると、握り飯が一つ落ちていた。握り飯は彼の好物だった。彼は大きい鋏の先にこの獲物を拾い上げた。すると高い柿の木の梢に虱を取っていた猿が一匹、――その先は話す必要はあるまい。

 とにかく猿と戦ったが最後、蟹は必ず天下のために殺されることだけは事実である。語を天下の読者に寄す。君たちもたいてい蟹なんですよ。

                                    (大正十二年二月)

一般的な「猿蟹合戦」のあらすじ

  蟹がおにぎりを持って歩いていると、ずる賢い猿が、拾った柿の種と交換しようと言ってきた。蟹は最初は嫌がったが、「おにぎりは食べてしまえばそれっきりだが、柿の種を植えれば成長して柿がたくさんなりずっと得する」と猿が言ったので、蟹はおにぎりと柿の種を交換した。

 蟹はさっそく家に帰って「早く芽をだせ柿の種、出さなきゃ鋏でちょん切るぞ」と歌いながらその種を植えた。種が成長して柿がたくさんなると、そこへやって来た猿は、木に登れない蟹の代わりに自分が採ってやると言う。しかし、猿は木に登ったまま自分ばかりが柿の実を食べ、蟹が催促すると、まだ熟していない青くて硬い柿の実を蟹に執拗に投げつけた。硬い柿をぶつけられた蟹はそのショックで子供を産むと死んでしまった。

 カンカンに怒った子蟹達は親の敵を討つために、猿の意地悪に困っていた栗と臼と蜂と牛糞を家に呼び寄せて敵討ちを計画する。猿の留守中に家へ忍び寄り、栗は囲炉裏の中に隠れ、蜂は水桶の中に隠れ、牛糞は土間に隠れ、臼は屋根に隠れた。そして猿が家に戻って来て囲炉裏で身体を暖めようとすると、熱々に焼けた栗が体当たりをして猿は火傷を負い、急いで水で冷やそうと水桶に近づくと今度は蜂に刺され、吃驚して家から逃げようとした際に、出入口で待っていた牛の糞に滑り転倒する。最後に屋根から落ちてきた臼に潰されて猿は死に、子蟹達は見事に親の敵を討ったのだった。

 芥川による「猿蟹合戦」の内容の違いとは別に、一般的には「卵」ではなく「牛糞」が蟹の仲間に入っている。

 芥川による「猿蟹合戦」は、一般的な話しの続き、その後となっており、しかも全く予想外の話が続いている。

 猿を殺して仇を取った蟹たちは、その後どんな生活を送ったのかは書かれていない。そのため多くの人が、蟹の子ども達や蟹を手助けした仲間達は、太平無事な生涯を送ったのかと思っている。しかし、実際はそうではないというのが、芥川の話である。

 彼らは仇を取ったあと、警官に捕縛され、監獄へと入れられたのだ。しかも、裁判の結果、主犯の蟹は死刑、臼、蜂、卵等の共犯者達は無期徒刑の宣告を受けたというのである。

 なぜそんな刑が科されることになるのか。蟹の供述によると、蟹と猿は握り飯と柿を交換した。だが、猿は熟した柿を蟹に与えず、青柿ばかりを与えただけでなく、蟹に傷害を加えるように散々その柿を投げつけたという。

 しかし、

〇猿と蟹の間では一通の証書も取り交わしていない

〇握り飯と柿を交換したが、熟柿とは特に断っていない

〇青柿を投げつけられたというが、猿に悪意があったかどうかの証拠は不十分である

 このことから、蟹が猿を殺害したことに対しては、蟹の弁護士も、裁判官の同情を乞うよりほかに策はないという。弁護士は気の毒そうに、

「あきらめ給え」

というが、それは死刑の宣告を下されたことを言ったのか、弁護士に大金を取られたことを言ったのかは誰にもわからない。

 また、新聞雑誌の世論も蟹に同情を寄せたものはほとんどなかった。蟹の猿を殺したのは私憤の結果にほかならない。しかもその私憤たるや、己の無知と軽率とから猿に利益を占められたのを忌々しかっただけではないか? 優勝劣敗の世の中にこう云う私憤を洩らすとすれば、愚者にあらずんば狂者である。

 それだけではなく、識者の間でも蟹の仇打ちは評判が悪かった。ある大学教授は、論理学上の見地から、蟹が猿を殺したのは復讐の意志によるものであり、復讐は善とは称し難いと言う。ある社会主義者は、蟹は柿や握り飯という私有財産をありがたがっていたから、臼や蜂や卵なども反動的思想を持っていたのだろうと言う。ある宗教家は、蟹は仏慈悲を知らなかったのだろう、知っていれば猿の行いを憎む代わりに、それを憐れんだであろうと言う。

といった具合に、蟹の行為に対して不賛成な意見ばかりがあがっていた。そんな中、酒豪兼詩人のある代議士だけが、蟹の仇打ちは武士道の精神と一致すると称した。しかし、そんな時代遅れの議論は誰の耳にも止まらなかった。

 更に、その代議士は数年前に動物園で猿におしっこをかけられたことを遺恨に思っていたと言われていた。

 おとぎ話しか知らない読者であれば、悲しい蟹の運命に涙を落とすかもしれないが、蟹の死は当然である。それを気の毒と思うのは、センティメンタリズムに過ぎない。現に蟹の死刑が行われた夜、判事、検事、弁護士、看守、死刑執行人、教戒師等は、四十八時間熟睡したそうである。

 蟹が死んだあと、残された者たちはどうなったのか。蟹の妻は、貧困のためか、本人の性堕のためか売笑婦となった。蟹の長男は株屋の番頭をしている。次男は小説家となり、「善は悪の異名である」などといい加減な皮肉を並べていた。三男は蟹よりほかになれるものがなかった。

 とにかく猿と戦ったが最後、蟹は必ず天下のために殺されることだけは事実である。語を天下の読書に寄す。君たちもたいてい蟹なんですよ、というわけである。

1.元の猿蟹合戦と正反対の結果

昔話の猿蟹合戦は、悪いことをした猿が、蟹たちのやっつけられる勧善懲悪の物語であった。たとえ不利な立場に追い詰められることがあっても、最後には正義は勝つとされたのである。悪いことをしたから罰があたるという因果応報ともいえる。

 さらに、蟹たちが一人一人では猿に太刀打ちできないけれど、それぞれの強みを活かしてやっつけるところから、適材適所の有効性や団結の大切さに価値があるとされた。

 昔話だけを読むと、猿は悪いやつ、仇を取った蟹たちは正義の味方となる。

 正義の味方であるから、蟹たちは当然幸せに暮らしたと思い込まれていた。ところが芥川は、蟹たちは実は逮捕されていたというのである。幸せな生活どころか、究極の刑である死刑と無期刑に処されていたという、まさかの結果である。

 それだけでなく、残された家族も悲惨な生活に陥ったというのである。家族の無念を思っての仇打ちが、自分も家族も苦しめる結果になったというのは、実に理不尽な結果に思える。

2.蟹はどうすればよかったのか

 では、猿の理不尽に対して蟹はどうすればよかったというのだろうか。

「猿蟹合戦」にあるように、証書の一つも交わさず、猿の言葉をうのみにして騙されたのだから、蟹が悪いのだろうか。

 昔話の読者をはじめ、一般的には「蟹は悪くない。悪いのは猿だ」といいたくなる。それでも、蟹の子ども達の気持ちはわかるが、復讐はやり過ぎだとか、復讐しても懲らしめるくらいにしておくべきで、殺してしまうのはやり過ぎだ、ということは言えるかもしれない。「警察に任せるべきだった。」などということもできるかもしれない。しかし少なくとも、泣き寝入りすべきだとはいわないだろう。

 泣き寝入りをするわけにはいかない。それでも、蟹でアルミには越えられない一線が全然としてあるということなのだ。

3.蟹に過ぎないとはどういう意味か

 物語の最後を、芥川は、「君たちもたいてい蟹なんですよ。」と締めくくっている。建前では、自由、正義、平等などと立派そうなことがいわれるけれども、実はそんなものは蟹の世界では、全く通用しないのだ。通用しているかのように見えているのは、幻想に過ぎないのだ。

 芥川は、蟹になろうなどとは言っていない。なりたいとも、なるべきだなどとは言っていない。そうではなくて、悲しいかな、どうがんばっても蟹にしかなれないと言っているのだ。蟹を抜け出したつもりで結局たどり着いたのは「売笑婦」という始末であった。改心して出世したかに見えたとしても同類を犠牲にして生き延びる道を突き進む敷かない落ちぶれぶりである。あるいは世間の柴原二を断ち切った世界に根蹴出せたかに見える道を選んだとしても、現実世界では役に立たずに訳のわからない人生を無駄に過ごすのがせいぜいである。結局のところ、歴史は繰り返すではないが、同じ振る舞いの繰り返しを、進歩なく繰り返す羽目に陥ってしまうのである。蟹は蟹の人生を抜け出すことができない運命をおわされているに過ぎないのである。

4.蟹の人生とは何であろうか

 「人の命は地球より重い」とはすばらしい言葉だ。しかし本当にそうなっているのだろうか。誰もが平等に社会の恩恵、福祉を受けているだろうか。イスラエルで人が殺されると、確かに人名が重要視されているかのようにみえることもある。しかし、アラブ人は、まるで一派一絡げにして抹殺されてはいないか。実はアラブで人の命が大切にされていないことは、イスラエルも堂塔でしかないことを証明している。犠牲者の数は少なくても、危険にさらされるのは、蟹たちなのだ。北朝鮮も中華人民共和国も、食いっぱぐれた民衆を兵器として輸出している。いざとなれば、蟹は捨て駒にしかならないのだ。戦いには大義名分を持たせて出撃される。「正義」のためだ、「国」のためだ、「未来」のためだ。しかし自分が死んで護られる国とはどこの誰のことだ。自分の家族か。家族だけを守るなら、戦いになど出ずに、隠れた方が良いのではないのか。守られる「未来」とは誰のものだ。少なくとも独身の若い兵士は、自分が死ねば未来に縁者はいないのではないのか。自分だけでなく、自分の血筋も残らないのではないのか。

 蟹の卵は大量に生まれても、生き残る可能性はごく低いが、それでもそれなりに平等だ。しかし、人間の場合は大多数の蟹のうち、幾ばくかが辛うじて生き残るだけではなく、別に生き残ることが保証された存在がいるのではないのか。同じような体型、顔色、髪の毛をしてはいるが、蟹ではない人間がいるに違いない。女王蜂と働き蜂のように、犠牲になることを運命づけられた存在と、生きることが保証されていり人間とがいるのではないのか。「平等」などということは、あり得ないからこそ目標に掲げられているのではないのか。蟹の人生とは、その他大勢として、名も残さずに死んでいく者のこと。それこそ毒味役や盾に他ならないのではないのか。いざというときに毒味が十分出来るように、健康を保ち、盾として十分使えるように、五体満足を保たせておくのではないのだろうか。いざというときが出現するまでは、「命は地球より重い」として、健全さを全力で守らせる理由がここにある。それが蟹の人生名なのではなかろうか。

5.復讐は肯定されるか

 上級国民によって庶民の正義は踏みにじられる。それは江戸時代と寸分変わらない。では復讐は是認されるのだろうか。復讐が果たされても結局は虚しさしか残らない。死んだ人も、失われた時間も返ってこないのである。復讐せずにはいられないという気持ちは痛いほどよくわかる。しかしそれでも怨念の連鎖を生むだけに終わる。復讐は、犠牲者となった人からも望まれてはいない。復讐を達成するために犠牲を払い、復讐を達成したことによってその後の人生を破滅させてしまうことなど、犠牲者が願っているはずがないのである。復讐は、復讐を木とした者の自己満足を得ようとするものでしかないということだ。そうした文学作品やドラマは枚挙にいとまがないほどの数に上る。東野圭吾の「さまよう刃」もそんなことを教えてくれる作品の一つだ。被害者の父親は、犯人が特定できているのに、未成年だからたとえ捕まっても、少年院で1、2年もすれば社会に戻ることがわかっていた。だからこそ犯人に対して自らの手で復讐を果たそうとした。倫理的、社会的には問題だとしても、心情的にはよくわかる。わかる人が多いからこそ多くの人に読まれていくのだろう。しかし、復讐することを是とする世の中になってしまえば、秩序もなにもあったものではないことになる。それに加えて、復讐を果たしたとしても、それは復讐を成し遂げた者自身の未来を閉ざすことになってしまう。同情し、義憤に駆られて、当事者ではないのにそこに乗っかって、協力者が復讐者本人を越えた残酷さを発揮することになれば、一方的な制裁社会になるおそれもある。現実には復讐は、それほど単純で純粋なものとは限らないのである。

 上級国民という言葉が広く使われるきっかけとなったのは、飯塚幸三が引き起こした交通事故だった。東京・池袋で2019年4月に9人が重軽傷を負い、道路を横断歩行中だった31歳の母親と3歳の娘がはねられて死亡した乗用車の暴走事故を引き起こした張本人である。

 飯塚被告(90)は、旧通産省工業技術院の元院長であった。事故を起こしたのが元高級官僚であって、退官後も業界団体の会長や大手機械メーカーの副社長などを歴任し、事故の4年前には瑞宝重光章の叙勲を受けたという経歴の持ちだったのである。

 この事故により、東京地裁は自動車運転処罰法違反(過失致死傷)罪に問い、禁錮5年の実刑判決(求刑禁錮7年)を言い渡した。ところが、飯塚被告は逮捕もされずに、その後もメディアが「元院長」「元官僚」と呼び、「容疑者」と呼称しなかったことから、「上級国民だから特別扱いを受けて不当に免責されているのだ」という意見がネットを中心に拡散していった。実は逮捕されなかったのは、事故による骨折やけがで入院治療が必要であったことや、「容疑者」という呼称も逮捕や指名手配がされてからでないとメディアは使わないことが伝えられた。

 しかし2日後に、神戸市中央区のJR三ノ宮駅前で、市営バスが横断歩道に突っ込み、20代の男女2人が死亡、4人が負傷するという事故が発生する。当時64歳の市営バス運転手はその場で現行犯逮捕された。こちらも自動車運転処罰法違反(過失致死傷)罪に問われ、禁錮3年6月の実刑判決を受け、神戸市を懲戒免職処分になっている。

 明らかに不公平な対応から、飯塚幸三を「上級国民」と呼び、ネット上では、若くして妻子を失った夫に同情すると共に、被告を執拗に非難お声が沈静化することはなかった。

 まさに、ひき殺された妻子は蟹であり、その夫も蟹以外の何物でもなかったと言えるのではないだろうか。

 これにもう一つ全くそっくりな事件が思い起こされる。

 それは、元東京地検特捜部長のレクサス暴走事故だ。石川達紘元検事(82)といえば、法曹界で知らない人間はいない存在だ。ロッキード事件や撚糸)工連事件などの捜査に携わり、1989年には東京地検特捜部長に就任した。ゼネコン汚職など数多くの有名事件を手掛けて、名古屋高検検事長を最後に退官。2001年に弁護士登録すると、さまざまな企業の取締役や監査役を務めてきた。

 ところが2018年2月、東京都渋谷区の路上でゴルフに向かう女性と待ち合わせをしていたところ、運転していたレクサスが急発進して、歩道にいた自営業の男性(当時37)をはねて死亡させた上、店舗兼住宅に突っ込み、やはり自動車運転処罰法違反(過失運転致死)などの罪に問われて、在宅起訴された。

 しかも、こちらも「誤ってアクセルペダルを踏み続けた」とする検察側の主張に対し、「天地神明に誓って踏んでいない」として、車の不具合による無罪を主張したのである。裁判では、自動車事故の専門家やトヨタ関係者らが証人として出廷し、車に不具合はなかったことを証言している。飯塚被告が運転していたのはプリウスで、こちらもトヨタ関係者が証人出廷して車の不具合を否定している。石川被告は今年2月15日に東京地裁で禁錮3年、執行猶予5年(求刑禁錮3年)を言い渡されて、即日控訴している。

 「上級国民」二人は、いずれも自分の過ちを頑として認めないことが共通している。自分の場合は過ちを認めずに通ると信じているということに他ならないだろう。蟹の言う真実など簡単に踏みにじれると思っているのだろう。自分にミスはなく、機械が壊れていた、という主張が通らないはずないのだ。車の専門家がどう助言しようが、自分の正しさを揺るがす者など、蟹にはないのだ。

 これらの交通事故というか、車による殺人事件は、それでも有罪判決を受けている。しかし、明らかに有罪であるはずが、不起訴になる事件も蔓延している。枚挙にいとまがない。過去の民主社会形成以前の、封建時代の話ではない。

 まずは安部派の裏金問題がある。2018年~2022年の5年間で、約5億円に上るとされた。2024年には、自民党は、資金環流の政治報告書への附記載が判明した国会議員が82名、選挙区支部長が3名、ほかに除名済み、もしくは離党した者が計3名いることを公表した。3256円と言われる二階俊博は、謹責と称して不出馬を表明したが、もともと高齢で不出馬は当然とも言え、それを差し引くと、金銭も含めて何らおとがめなしの丸儲けである。金額まではっきりさせられていながらもおとがめなしなのである。蟹であれば、わずかな額でも修正申告を余儀なくされ、追徴課税を免れようがないが、上級国民は、一切おとがめなしである。

 小渕優子(49)選対委員長が、父親の資金管理団体から、複数の政治団体を迂回させて、約1億5000万円の政治資金を受け取っていた。その事実を隠すために、会計記録が入ったパソコンのハードディスクを、ドリルで破壊したのである。蟹とは違って、上級国民は、疑わしいどころか、事実を認めていることが明らかでも、無罪放免なのである。

 甘利明前経済再生担当相は、現金で50万以上、接待で100万以上を受け取っていたとされ、贈賄側の蟹たちは、東京地検の事情聴取を受けているが、上級国民あまりは、不起訴のようである。

 下村博文元文部科学大臣は、加計学園の獣医学部新設問題で、加計学園から政治資金パーティー券代として200万円受け取ったことを認めているにもかかわらず、不起訴になっているようである。本人が認めても検察が不起訴にするのである。上級国民にとって200万円は取るに足りない額なのだろうが、蟹にとっては死活問題である。

 元近畿財務局の赤木俊夫氏によれば、森友学園への国有地売却を巡る決裁文書を改ざんしたのは、佐川宣寿の指示だと証言し、その正しさを自死を以て訴えた。しかし、佐川は自身も指示していないし、政治家から指示もされていないと、証拠もなしに強弁し続けた。終いには当時の記録は破棄してしまい、扱いが雑ではあったが正当だと言い張っている。裁判に訴えても金銭による解決を強いられ、国が税金を使って事実を隠した結果に終わっている。国家公務員には個人責任は問えないのだそうで、蟹は正義を貫くことなど幻想でしかないことがはっきりさせられた。

 文部科学省事務次官まで上り詰めた前川喜兵衛氏は、2017年に、天下り問題で兆処分を受け、依願退職した。いきさつはこうである。文部科学省の江東教育局長が、患部の斡旋で早稲田大学に天下りした疑いを持たれ、当時の官僚トップの前川氏が処分を受けたのである。早稲田大学に天下った元高等教育局長は吉田大輔氏で、加計学園の獣医学部新設に強硬に反対していた。安倍首相の親友である加計が獣医学部を新設するためには是非とも取り除かねばならない人物だった。そこで各省庁、多かれ少なかれ実施していた天下り先を紹介することになった。それを実行した後で、そのことを追及されたのである。どのような裏切り行為にあっても、事実を明らかに姿勢木を追及することなど、蟹には望むべくもないのである。

 日本にも、蟹の運命を表し、芥川の言う結末を余儀なくされる例は、これに止まらず、枚挙にいとまがない。芥川が、同時代に、具体的にどのような事実を幹聞いたことで、蟹の諦念を悟ったのかは定かではない。ただ、自殺の理由が「ただぼんやりとした不安」だったというのは、蟹の諦念と無関係とは言えないのではないだろうか。真実に支えられた明らかな正義が、上級国民の前では、どうあがいても無効となってしまいかねないことこそ「ぼんやりとした、やり場のない、それでいて決して乗り越えられない不安」だったのではないだろうか。

 もちろん、このことは時代を超えるだけでなく地域を越えた全世界に広まっている。ソ連のプーチンも、中京の習近平も、デマだらけである。自由の国を表明してきたアメリカ合衆国も、平気でデマがまかり通っている。口から出任せのトランプの嘘を誰も訂正しないし、咎めることも出来ずにいる。反トランプであったはずの巨大企業のCEOが、トランプに忠誠を誓うために、恥などかなぐり捨てている。アマゾンもマクドナルドも、進歩的なジェンダーなどかなぐり捨てたらしい。蟹は正義など貫き通せないのである。いい気になった分だけつけを払わされているのである。

 さあ、蟹であることが理解できたらどうしよう。蟹の世界を抜け出す努力を重ねるべきか。しかし官僚のトップになっても、世界有数の企業のトップになって大金持ちになっても、蟹であることを抜け出せる保証はなさそうだ。いかに不条理を感じても、正義感を貫き通したつもりで、その場で終焉を迎える自己満足などをめざしてしまったら最後なのである。

6.日本国憲法の到達点

 憲法改正は必要だという。安倍晋三はこれにかけていたらしい。何のためかはいっこうにわからない。歴史に名前を残せるとでも思ったのだろうか。名を残すだけなら、銃撃に倒れた首相として実現したのではないだろうか。その遺志は、果たされることなく潰えた。

 憲法も永久不変でなくてはならないはずがない。どのようなものであれ、時間が経てばそぐわない点が出てくることは間違いない。既に改憲する必要ろがあるかもしれない。そうであれば変えたらいい。しかし、世界中で、日本国憲法ほど長期間、一字一句改正されていない国はないという。だからといって、他国に合わせて、必要もないのに改憲する必要などどこにもない。長い期間改正する必要がなかったのは、それだけ完成度が高かったと云うことで、自慢することはあっても、卑下する必要など微塵もない。

 ただし、改憲派と護憲派の対立は、本音のところでは、そんなところにはない。焦点になっているのは「戦争放棄」の一時である。改憲派によれば、災害時などのあれほど縦横無尽に活躍している自衛隊が、日陰者の存在にされているのは不等だというわけである。きちんと軍隊と位置づけなければ、自衛隊の指揮にかかわるというわけである。災害時に大活躍したからと言って、正規軍の地位が与えられないと肩身が狭いとは思えないが・・・。憲法は戦争を二度と起こさないという誓いを建てたことを基本原理として、そのうえに成り立っている。しかし、事実上自衛隊は、だれがどこから見ても軍隊に他ならない。問題になるとすれば、平気で嘘をつく国だと思われることだけである。

 軍隊を持っていることは事実だが、日本国憲法は、どのような立場に追い込まれても絶対に戦争は起こさないという決意を表明しているのである。従って武力は持たないと決意表明しているため、自衛隊は軍隊ではないと言い張っているのである。「たとえやられても絶対にやり返さない」という決意を表明したということである。それは、例えば両親、兄弟、妻や子ども、親友など自分とどれほど近しい人物が殺されても、絶対に仕返しをしないという決意に他ならない。実際にそんな我慢が出来るかどうかは、本当のところは疑わしいというのが正直なところだ。それでも、二度と戦争を起こさないという決意表明を優先したということだ。復讐は、互いに恨みを繰り返す、悪循環の無間地獄を産むしかないからだ。鈍りがちな決意ではあっても、空元気を絞り出して、辛うじて意思を貫こうとしている姿がそこにある。それに対して改憲派は、軍備を増強し、果てしない軍拡競争を始めようとしている。

 「全くの無抵抗」がりそうであるとは言え、それではあまりにも、情けなさ過ぎるという意見は根強い。「女房子どもを殺されても、それでも一切復讐しない、何もしないというのでは、男としてどうかと思う。」という意見には説得力を持つ。そこで改憲派は、どこにも負けない世界一の軍備をめざすことになる。しかし、競争は常に抜きつ抜かれつのものであるいじょう、世界一の軍備力を保有し続けることなど、何人にとっても不可能なことに過ぎない。それでも無抵抗の主張を、完璧な形で貫き通すことは難しい。そこで来る島木手にひねり出したのが「専守防衛」である。敵が攻撃してきて、確実に自国が攻撃を受けたと確証を持った後で、初めて反撃できるというものである。実際には攻撃を受けてしまった後になってしまえば、既に反撃できる余力は残っていないかもしれない。あくまでも現実的には極めて不可能に近いものに過ぎない。そもそも、二度と戦争は起こさないというのが大前提なのであるから。

 ところが近年になってから、専守防衛で自国を守るのは、甘利にも不十分すぎると言われ、「集団的自衛権」が認められるようになった。「専守防衛」では、自国を守ることも不十分だが、同盟国や仲間に対して、あまりにも不誠実で卑怯な態度だと強調されるようになったのである。国を個人関係になぞらえて考えるとこうなるという。仲の良い友人が、第三者から因縁を付けられたり、暴行されたときに、専守防衛を守り通した場合は、隣の親友が被害を受ける様子を、手を蚊招いて見ているしか出来ないことになる。それではあまりにも卑怯者ではないかというのである。もちろんそこには単純ではあっても一定の説得力はある。しかし、これは喧嘩をすっかけてくる様な人間からは隔離されたお坊ちゃん育ちの脳天気な輩の言動でしかない。同じ例でたとえるなら、隣を歩いていた親友が因縁を付けられたら、間に分け入って、手を出さないまでも、親友を守るための壁になるということだろう。あるいは、暴行を受けた親友を助けるために、脇から相手の喧嘩を引き受け、時には暴行するということだろう。いずれの場合も、相手は親友との間のもめ事を中断して、全力で脇から途中参加してきた自分に向かってくるに違いない。「なんだてめえ、関係ねえだろ」「なんだお前が代わりにやろうっていうのか」といったぐあいに、親友を差し置いて、自分と相手が敵対の主役に取って代わるということに他ならないのだ。意図しようが終いが、集団的自衛権とはそうしたものに他ならない。肩代わりに戦争をすると云うことだ。そういうつもりなら話は別だが、どうも「集団的自衛権の行使」が必要だと考えている輩は、親友にいい顔を見せることが目的で、本気で全面的に戦争の肩代わりを覚悟している訳ではなさそうだというところが最大の問題なのである。

 そんなことにならないために必要なことは、「戦争をしないために軍備を持たない」という原点を、かたくなに守ることをはじめの一歩にしなくてはならないのである。正直言って家族が殺害されても、冷静に「戦争反対」を貫けるかどうかの自信は疑わしい面もある。それでも、何としてもその原点に立ち返ろうとする必要がある。これが世界に冠たる「日本国憲法」の到達点であり、かけがえのない世界遺産とも云うべき到達点である。そしてこれこそが蟹の生き様に他ならないのではないだろうか。